2011年9月
伝説の男 vol.9 「Sydney Takahashi」
世界のダイバーが押し寄せるダイビング王国・サイパン。この島の中で、Sydney Takahashi(シドニーたかはし)はボートキャプテンとダイビングインストラクターの資格を併せ持つ、極めて希少な人物。今年‘Saipan Divers’というダイビングショップをスタートさせた、チューク出身の33歳だ。
彼が生まれ育ったチュークはかつては日本が統治していた、小さな島々からなるミクロネシア連邦4州のひとつ。「たかはし」は日本の軍人だった祖父の姓を受け継いだものだが、生まれた時にはすでにその姿はなく、下の名前さえ知らないという。同じ姓を名乗る血を分けた兄弟は、なんと10人。幼少時代を過ごしたオノウン島は人口約500人の、マニャガハ島を大きくしたような島。常夏の太陽の下、子だくさんの明るい家庭で陽気に育った。
手つかずの自然あふれるこの島での生活は、ほぼ自給自足。飲み水といえばココナッツジュース、10歳まで本物の水を飲んだことがないというのだから、私たち日本人には想像もつかないサバイバルな暮らしであることは間違いない。動物性タンパク質の中心は素潜りでつかまえる魚。この島では、海=生活そのもの。その中でごく自然に育まれていった能力、それが「潜り」だった。
高校進学のために彼がサイパンを訪れたのは15歳の時。卒業後、北マリアナ大学進学し、そこで初めてスキューバダイビングのライセンスを取得する。そしてダイビングショップに就職し、「潜り」を本格的に仕事に。1999年にインストラクターに、2006年にはボートキャプテンの資格もとった。
彼と一緒に潜った経験がある日本人は数多い。その誰もが、水中での運動能力、フリーダンビングでの潜水時間の長さに驚かされたことだろう。しかも、バブルリングと呼ばれる空気の輪をつくる技術、これがまたすごい。一回の呼吸で20個もの輪をつくれるというのだ。私も実際にその光景を目にしたことがあるが、海に溶け合う彼の姿は、まるで人魚。マリアナブルーを司る神様のように、神々しく輝いていた。日本人の奥様と結婚し、2児のパパとなったSydneyTakahashi。生きていくために身に付いた「潜り」が、今、家族を養う能力になった。念願のダイビングショップ‘Saipan Divers’、これからの発展を心から祈っている。